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プロフィール                                      

1回目の起業は、学生の甘さで失敗。

2回目は、マーケットを読み違え失敗。

現在、3回目の起業。

 

「我々の目標達成は、クライント企業の目標達成になります。」

 

 

 

 起業予備軍からの相談、設立したばかりのベンチャー企業、社内革命をしたいオールドカンパニー、新規事業を立ち上げる100億円企業など、ビジネスコーチ・コンサルティングを実施。
セールス、マーケティング、マネジメント領域をメインにコーチしており、クライアントにはインターネット・サービス系の企業が多いのが特徴。

特にどの部署でも応用可能な”仕組み”の提供は、「シンプルで継続性がある」と高い評価を得ている。

 

代表略歴

1995年 学生起業でオートウェーブ事業開始

        中古車販売、車検、保険代理店を展開      

1997年 株式会社光通信 入社 

       代理店営業、IT事業本部、モバイルコンテンツ本部歴任

2000年 ソフトバンク・ヒューマンキャピタル株式会社 入社
       チャネルセールス部にて、代理店営業を担当

2001年 ソフトバンクBB株式会社 入社

       Yahoo!BB事業において、ジョイントベンチャー管理部、営業統括本部、Web事業を歴任

2005年 独立して、個人事業でコンサルティング事業開始

       主にIT企業、人材ビジネス関連の会社の営業・マーケティングをコンサルティング      

2005年 モバイルコンテンツ関連企業 設立 代表取締役就任

2006年 キャタリストグループ株式会社 設立 代表取締役就任

         結果を出す事にフォーカスしたビジネスコーチ、プロデュース事業を開始

     

 経歴(インタビュー抜粋)

―ビジネスに興味を持ったのは、いつからですか。(23歳)

正確には、中学生の時から興味がありました。
中学の卒業文集には、「会社員なんてつまらないから、自営業する」と書いたくらいですから。
1度目の起業は、大学2年生時に学生起業で中古車個人売買を始めた時にビジネス人生がスタートしました。
東京に本部があるフランチャイズに50万円払って加盟し、事務所を借り、保険の代理店資格も取り、ユーザー車検の取り方までマスターしました。
初期投資は、150万円くらいだったと思います。20歳の大学生にしては思い切りましたね。
最初は、一国一城のノリで楽しかったですが、事業採算性は極めて低かったです。
1台仲介して、5〜20万円。月0台の時も続き、経営的には非常に苦しかったです。持てる力の全てを使い3年ほどやりましたが、貯金も底をつき、大きなビジネスにならず敢え無く撤退しました。
今、考えるとやはりビジネスに対する基礎が全く出来ていなかったと思います。
「商売初めて、チラシ撒けばなんとなるだろう」と甘く思ってました。
やはり「ビジネスで結果を出すには社会の仕組み」を知る必要があると思い、3社ほどチョイスした中で、(株)光通信に営業職で入社しました。

 

―そこではどんな事をしたのですか?

HIT SHOP※携帯電話SHOP(当時は爆発的勢いで増加)し配属しましたが、「君は、企業担当が向いている」と言われ、わずか2時間で代理店の担当になりました。
そこの部署は自ら携帯電話を売るのではなく、代理店さんと通じて販売する部署です。
これがまた大変で、営業エリアは四国全県なわけです。電車もほとんど走っていないので、営業は自家用車。
週2度は車で四国1週(ざっくり900km)し、スーパー、コンビニ、薬局、レンタルビデオ店に営業をして、軒先を借りて携帯電話を売る生活が半年ほど続きました。
誰にも負けたくなかったので頑張りましたが、車で寝たり、ヘルペスになったり、全身にジン麻疹が出たり、医者に行くと「栄養失調」と言われたり。
なんだかよく分からない状態でガムシャラに働き、時には点滴を打ちながら、なんとか営業成績を上げ、地方営業所から初の本社転勤になりました。

 

―東京での仕事に変化ありましたか?

生活は、むしろひどくなりました(笑)

初めての東京Lifeでウキウキ気分もつかの間で、東京Lifeを満喫するのは週末だけ。あとは、ほとんど地方出張&接待。
仕事はスケール感とスピードがあり不満は無かったですが、東京に居るより、地方に居るほうが少ないという、不思議な事になってました。


とは言っても、時代はインターネットブームで営業に飽きていた私は、IT事業部に異動しました。
まだ世間では、インターネット黎明期でしたがここでIT事業企画、モバイル事業、Webコンテンツ事業を経験して、インターネットについてはかなりの知識と経験を得ました。
社内の投資事業部との連携もあったので、ファイナンスの基礎的な事の勉強にもなりました。

 

 

―で、その経験を元にソフトバンクに転職したのですか?(25歳)

いや、その前にコンテンツ系のベンチャー企業に入社しましたが、社長から「韓国駐在して(2年間くらい)」っと言われて辞めました(笑
今でのその経営者には相談したりして仲いいですが、当時は自分を見失っていました。
そしてインターネットと人材ビジネスに興味があったので、ソフトバンクグループに転職しました。
まずはWeb系の人材サービスの会社に入り、その後はソフトバンクBBに異動しました。
ちょうどソフトバンクとYahoo!でADSLサービスを立ち上げ、短期間で100万人ユーザを集めたときです。
これが異常なほど大変な部署で、人はいない、オペレーションは出来ていない、誰も答えを持っていない、そもそもルールはこれから作る、みたいな部署だったので毎日、朝3時くらいまで仕事してました。
もちろん土日も、会社です。丸3日間働き通した時もありました。
知力、体力的にはきつい時期でしたが、孫社長(ソフトバンク代表取締役)とミーティングする機会も多くあり、経営者の資質を近くで学ぶ事が出来たので非常にラッキーでした。
孫社長は私の事は気にも留めなかったですが、私は緊張でランチ会議なのにランチ食べれませんでした。

 

―孫社長はどういう人なのですか

常に側に居たわけではないので、細かくは分かりませんが「志」「厳しさ」「ユーモア」を持ち合わせている非常に魅力的な方です。
宇宙人みたいな人なので、あの人に勝とうなんて思った事もありません。
事業については、とにかく真面目で、微にわたり細に入り、数字に対する追求度は非常に厳しかったです。論理的でないとが、厳しく詰め寄られました。
後、計算が速かった。僕の電卓より早かったですから。
それでもたまに、ねぎらってくれるのが嬉しくて、そのために働いていた感もあります。
やはり、期待には答えたかったですから。
会社の1事業部でしたが、JV(ジョイントベンチャー)を設立したり、事業計画を作り説明したり、営業したり、人事・労務関連にも携わったりプチ起業な状態でした。
ただ、スケールが大きいので大変。
難題が次から次に降ってきてました。

 

―それはどう解決するのですか

ノリで(笑)
まあ、それは冗談ですが、その時点では答えがない事は確実なわけです。
じゃあ、どうやって判断するかというと目標(その時は獲得回線数)を達成する事が出来るかどうかの1点で判断してました。他部署からするとミッションが違う事もありましたが、説得して前に進める事を推し進めていました。
この時に、自分のビジネス経験が相当鍛えられました。何せ、メールは1日1,000件以上、携帯は鳴り止まず、会議は朝から夜までビッシリ。
それも現場の細かな問題から、経営判断をする場までとにかく仕事がテンコ盛でした。
朝決めた事は、夕方には変わっているのも当然。そんな状態でした。


―その後、辞められたのですよね? ソフトバンクに何か不満でも。

いや、全然不満はなかったです。
今でも、当時のメンバー(上司、部下)と食事しますし、離れてもソフトバンクは好きです。
携帯電話もソフトバンクですし。
ただ、短期間で会社規模が大きくなった事が私にとってもつまらなくなりました。
会社が小さい時は、全部自分でしたり、アグレッシブルな気持ちで働けるじゃないですか。
でも大きくなると、強烈な縦割りで、社会的にインパクトのある事業だった事もあり、管理体制が強化され、私にとっては「働きずらい」環境に変わっていったのです。
経験積ませて頂いたし、チャレンジしたかったので30歳で独立しました。

 

―ソフトバンクを辞める時は、インターネット事業とかを考えて辞めたのですか?(30歳)

いや、特にビジネスモデルも考えてなかったので、「出来る事から始めよう」みたいなノリで、個人事業でコンサルティング事業を始めました。
特に資金も必要なく、携帯電話とノートPCで始めれるので。
幸運にも、スグにクライアントが2社みつかりました。
その過程で、年齢的にはちょっと上のIT起業家と知り合い、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の社長の椅子(雇われ)を打診されました。
「これはチャンス!」と思い、ほぼ即答で「やります」の意思表示をし、何度か打ち合わせを重ね、相思相愛との判断で社長の座をGetするのですが、ここで事件がありました。
親会社の経理がズサンで、私が社長をするはずだった会社を清算する事になりました。
「あちゃー、どうしよう」と思っていた所、モバイルコンテンツの会社を起業する話があり、
モバイルコンテンツの会社を設立する事になり、そのまま代表取締役になりました。

 

―どういった事業内容ですか?

モバイルのアフィリエイトASPを提供したり、広告を売買したりする会社でした。
アフィリエイトは時代の流れもあり、会員数はいい感じで進みましたが、いかんせん売上がほとんどありませんでした。
広告を出すと会員は集まるのですが、どのアフィリエイタも登録するだけで動いてくれない。
ASPの収益は、アフィリエイタが販売してくれないとクライアントから手数料が入らないので、会員数が多くても実売上が非常に低い状態にありました。っというかほとんど0円。
「これではまずい」と思い、昔の部下を誘い広告ビジネスを本格化しました。
広告売上は順調に上がるのですが、今度は利益率が低くうなだれました。
ネット広告というのは、通常15〜20%くらいの手数料ですが、新参者という事もあり時には5%くらいで受注を受けてました。
100万円の受注で5万円の儲け。
これで広告配信の管理をしたり、企画したいり、トラフィック管理がありますから完全に赤字です。
会社がこんな状態なので、社員も辞めていき、熱意も失われ次の展開が見えなくなりました。
そんな時、あるECサイト運営会社から、「物流系の仕組み」を構築して欲しいという依頼がありました。私には渡りに船で、先方に会いに行きコンサルティングする事になりました。
そこで、仕組みを構築し、改善し、当初6ヶ月の予定が9ヶ月のロングランとなりましたが、成果としては、いい状態で納める事が出来ました。
「やはり、こういった事が向いているんだな」っと思い、オーナーに話をして、キャタリストグループを設立しました。

 

 ―それが今の会社ですよね。事業内容は、決まっていたわけですね?(31歳)

なんとくですが決まっていましたね、珍しく。
ただ、コンサルティングは競合も多く、ビジネスとしては胡散臭いイメージがありましたので、コーチング事業、ビジネスプロデュース事業にシフトしました。
コンサルティングビジネスもやりがいありますが、相手の会社の能力を限界まで引き上げるコーチングは更にやりがいがありました。
後は、金額的な問題でコーチングが依頼出来ない企業には、売上%とか利益%で、ビジネスプロデュースをしました。

 

―コーチングの金額は、どれくらいですか?

高いので「180日間Structure&Managementコース」というのをしており、それは月150万円です。
最も安いので、月1回訪問で30万円。平均すると80万〜100万円/円・月が標準でした。
180日間コースは、僕も相手の会社もそれは大変(笑
なんせ、コミットメント&チェックが永遠にフルスピードで続くので、プロジェクトメンバーは得るものが大きいですが大変です。

僕が何をしたいかというと、企業の潜在能力を引き出したいわけです。
生意気かも知れませんが、もっと上にいける企業は山のようにあります。ただそのやり方を知らないだけ。

やり方というのは、考え方であったり、ツールであったり、問題解決の手法であったり。
経営者の求めているものをクリアにして、その問題をシステマチックなアプローチで解決し、

今まで手に入らなかった事を手に入れる。最高と思いませんか?

でもリスクもあるんです。

それは、実際にやるのは僕達ではなく、あなた達(クライアント企業)って事。
チームで環境を作り、手法を導入し全力でコーチしても、当事者に問題解決する意思がないと全然進みません。

こればっかりは、どうしようもありません。

 

―コーチの存在価値は大きいと思いますか

もちろん。

僕はウエイトトレーニングが好きなので、どんな時でもパーソナルトレーナーをつけてます。
コーチがいれば、「今日、やだなー」と思っても行きますし、行けば今まで上がらなかったウエイトがあがるようになります。

そして喜びを共に出来ます。

完全に“S”と“M”の世界かもしれませんが、コンディション面でもコーチにコントロールしてもらい、

今まで成し得なかった事でも、得れる可能性が最大化する事を実感してます。